浦安コペルニクス総研・ブログ版

普通の人々が、日常の生活と浦安市の市政の関係を考えていく仕組みをつくりたい。 行政主導の市政から、市民主体へ、 コペルニクス的転換を試みる「行動する」研究体です。

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No.020 生徒会選挙の思い出

中学や高校には、生徒会というものがあります。
私が選挙に立候補した一番最初の思い出 (と言っても他にはありませんが) は、中学二年生の時の、生徒会長選挙です。

当時私が通っていた中学では、一学年に三つあるクラスから各一人づつ候補者を選出し、全校生徒の投票によって決めるという形をとっていました。ただし慣例として、3年生は受験、1年生は入ったばかりということで、候補者は2年生が中心だったように思います。ですから、生徒会長はいつも3人で争う形になっていました。

けれども私が2年生だったその年、私のクラスではミーティングの結果「候補者なし」という結論になってしまいました。適任と思われる資質を持った生徒が何人かいたのですが、その全員が辞退してしまったのです。これが私には非常にショックでした。自分たちの学校の自治システムに参加する権利を、自ら放棄するという事態を、どうしても受け入れることができなかったのです。

中学生くらいの年頃は、成長に個人差があります。級友に比べ背も小さく、勉強や運動も特別できる訳ではなかった私は、なんとか自分たちのクラスからも候補者を出せるよう、リーダーシップ能力があると目される何名かの友人の説得にあたりました。けれども、だれも首を縦に振ってくれず、候補者登録の締切時間があと5分と迫ってしまいました。

私は仲のよかった友人一人と職員室に行き、生徒会担当の教師に事の次第を説明しました。そして、「誰もやってくれないから候補者なし、は絶対に避けたい。適任とは到底思えないけど、僕が出ます。」と申し込みました。なぜか、号泣しながらでした。

悔しさだったのか、情けなさだったのか、よく分からないのですが、とにかく大泣きしたことを覚えています。

翌日から始まった選挙戦では、決められた時間に各教室を回って演説をします。私は候補者をわがクラスから出すことだけが目的でしたから、当選するつもりがありませんでした。演説では、「私に投票して欲しいとは言いません。自分たちで選ぶ選挙なんですから、軽く考えずに候補者をしっかり見て、お願いですから、自分が最も良いと思う人を選んでください。」と言って回りました。

結果は、成績優秀で野球部のエースだった有力候補を抑え、2位でした。
会長にはなりませんでしたが、いくつかある委員会の委員長におさまりました。

残念ながら、そこから先はたいした結果を出すことができませんでした。多分立候補までが当時の私のキャパシティだったのでしょう。しかし、大きな充実感と達成感がありました。思えばこれが、私が民主主義というものを実感した原点だったのかもしれません。

学校の生徒会とその選出システムは、地方自治のミニチュアです。なぜそういう仕組みなのか、そこにどんな意味や理念があるのか、もっと学校で教えたり、生徒どうしで討議したり、考えたりすれば、その経験が地や肉となって、本当の選挙権を得たときのモチベーションになるのではないでしょうか。

地方選や国政の選挙においても、安易に「知り合いだから」と選択しないで、候補者を見比べて「この候補者なら一緒に街づくり、国づくりをしていきたい」と思う人を選ぶべきです。それが、民主主義の一番基本である、主権在民の権利を行使する第一歩です。
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テーマ:議会 - ジャンル:政治・経済

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